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映画「ドリーム」 タラジ・P・ヘンソン&オクタヴィア・スペンサー

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映画「ドリーム」を映画館で観てきました。


ソ連に遅れてアメリカがはじめて有人宇宙飛行に成功したとき、NASAで働く3人の黒人リケジョの裏方に支えられていた話を描いている。こういう3人が活躍していたことは初めて知った。

自分がなり切れないあこがれもあってか、数学の能力に優れた天才を描いた映画って好きだ。天才ぶりをあらわす逸話もふんだんに披露される。現代アメリカ映画らしく、美術、衣装は完璧で色彩設計もすばらしい。ソウルフルなミュージックも画面にあわせて軽快に流れる。気分よく見れるサクセスストーリーである。

東西冷戦下、アメリカとソ連が熾烈な宇宙開発競争を繰り広げている1961年。ヴァージニア州ハンプトンのNASAラングレー研究所では、優秀な頭脳を持つ黒人女性たちが“西計算グループ”に集い、計算手として働いていた。リーダー格のドロシー(オクタヴィア・スペンサー)は管理職への昇進を希望しているが、上司ミッチェル(キルスティン・ダンスト)に「黒人グループには管理職を置かない」とすげなく却下されてしまう。技術部への転属が決まったメアリー(ジャネール・モネイ)はエンジニアを志しているが、黒人である自分には叶わぬ夢だと半ば諦めている。


幼い頃から数学の天才少女と見なされてきたキャサリン(タラジ・P・ヘンソン)は、黒人女性として初めてハリソン(ケビン・コスナー)率いる宇宙特別研究本部に配属されるが、オール白人男性である職場の雰囲気はとげとげしく、そのビルには有色人種用のトイレすらない。それでも、それぞれ家庭を持つ3人は公私共に毎日をひたむきに生き、国家の威信をかけたNASAのマーキュリー計画に貢献しようと奮闘していた。(作品情報より)

1.数学にすぐれたキャサリンの活躍
60年代初め、アメリカは明らかにソ連に宇宙開発で遅れていた。ソ連はガガーリン飛行士による有人宇宙飛行を成功させ、NASAは焦っていた。ケビン・コスナー演じる研究本部のハリソン本部長は軌道の設計ができる解析幾何学にすぐれた奴はいないのかと部下をしかりつめる。その時、遡上に上がったのがキャサリンだ。この当時、黒人女性で大学院まで卒業するというのはめったになかったと思う。若き日から数学の才能にすぐれたキャサリンが研究本部の計算係として異動する。


研究本部はエリート白人男性ばかりで、黒人はもちろんいないし、白人女性も補助だけだ。広い本部の部屋に入るとみんなから白い目で見られる。ロケットの軌道計算の見直しをやるように指示を受けるが、肝心な数字が黒のマジックで消されている。おいおい、これじゃ仕事できないじゃないの。でも彼女は光にあて、マジックの下の字を一部読み取り、行間から推測して正しい数字を見せつける。これにはみんな唖然だ。


そんな感じで、徐々に本部長の信頼を得る。しかも、宇宙飛行士グレンのいる前で、大気圏突入と落下位置をスパッと計算するのだ。こんな逸話がたのしい。

2.計算センターの女性リーダーの昇進
一方、別館の計算センターにいる優秀な黒人女性のなかで実質リーダーをしていたドロシーは、何度も昇進を懇願したが、受け入れられなかった。(ここでのキルスティンダンストの嫌味っぷりも見どころだ。)その中でコンピューター言語のFORTRANを自力で学んで、IBMの大型CPUの操作をマスターするなんて逸話もある。目のギョロっとした芸達者なオスカー女優オクタビア・スペンサーはいつもながらの名演技である。


映画の世界でも60年代前半というと、黒人と白人との激しい対立が描かれている。アカデミー賞受賞した「夜の大捜査線」なんか見てもすごいよね。グレゴリーペックが黒人の冤罪を弁護する正義あふれた弁護士を演じた「アラバマ物語」も1962年だ。キャサリンがいる研究本部には黒人女性用のトイレがない。わざわざ別館まで走っていかねばならない。こんな場面も黒人の阻害ぶりを示している。

ただ、解析幾何って高校で習う図形を座標軸で計算するやつだよね。微分積分の解析と違うなら、解析幾何学ってそんなに特殊な学問かなあ?訳し方が違うのかなあ?あと、天才少女ぶりを示すという黒板の問題って誰でもできるずいぶんと簡単な問題だけど、アメリカってこういうのが難しいということになるの?このあたりは不思議だけど、主人公が計算能力に優れているということは間違いないだろうね。

映画「アウト・レイジ最終章」 ビートたけし

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映画「アウト・レイジ最終章」を映画館で観てきました。

「アウト・レイジ」シリーズもついにこれで終わりだ。前二作の痛快さは日本映画界を代表する傑作である深作欣二監督「仁義なき戦い」にも劣らない。騙し騙されというひっくり返しがテンポよく最後まで続く。暴対法ができて、町から暴力団排除の声が出て久しいが、映画界でのやくざ映画の人気が衰えないのはどういうことなのか?

アウトレイジシリーズでは、ふだんは善人の役をやっている人がもっともらしいやくざの役をやっている。「仁義なき戦い」では一度死んだやくざが続編で別の役をやるなんてことがある。さすがにここでは三浦友和も加瀬亮も椎名桔平もでてこない。やくざに密着する警察官小日向文世もでてこない。でも、たっぷりと埋め合わせる役者はそろっているし、西田敏行、塩見三省の2人も最後までどすを利かす。これもうまい。韓国系フィクサーの金田時男がいかにも政財界にも顔の利く超大物という設定どおりの風格がでている。


日本の二大勢力だった関東山王会と関西花菱会の巨大抗争後、韓国に渡った元大友組組長・大友(ビートたけし)は、日韓を牛耳るフィクサー張会長(金田時男)の下で市川(大森南朋)ら手下を従え、済州島の歓楽街を裏で仕切っている。ある日、買った女が気に入らないと日本のヤクザからクレームが入る。クレームの主は花菱会直参幹部・花田(ピエール瀧)だったが、女を殴ったことで逆に大友から脅されて大金を請求される。花田は側近たちに後始末を任せ、ひとり日本に帰国する。後始末を任された側近が張会長の若い衆を殺害してしまい、激怒した大友は日本に戻ろうとするが、張会長に制止される。


山王会を実質支配下に収める花菱会の新会長の座には、前会長の娘婿で元証券マンの野村(大杉漣)が就いていた。金さえ稼げれば何でもありという野村のやり方に、古参幹部の若頭・西野(西田敏行)は敵意を燃やしていた。西野を厄介払いしたい野村は、若頭補佐・中田(塩見三省)に若頭の跡目を取らせようと手を回すが、本心は二人を揉めさせ、いずれまとめて捨ててしまう算段だった。


一方、花田が張会長率いる巨大グループを敵に回したことを知った西野は、花菱会の会長代理として、花田を連れて張会長に詫びを入れに行くことにするが、その裏には大金を稼ぐ花田の金をむしり取ろうという魂胆があった。野村は自分の地位を守るため、この西野の行動を利用しようとするが、野村の思惑に勘づいた西野も奇策を講じる。花菱会と張グループの揉め事の裏で、野村と西野の覇権争いが始まり、事態は張会長襲撃にまで発展する。張会長の身に危険が及んだことを知った大友は、張会長への恩義に報いるため、また殺害された若い衆と、過去の抗争で殺された兄弟分・木村の仇を取るため、日本に戻る決意をする。(作品情報より)

あえてそういう名前にしたであろう野村という名の会長になった大杉漣が最後に受けるお仕置きが、映画「北陸代理戦争」で西村晃がくらうのと同じで、土の中に首だけ出して埋められて受けるのをみて笑った。


ただ、いかんせんネタ切れの感はあるかもしれない。東映映画の場合は役者の数が足りないから、一度は死んだ俳優をもう一度生き返した。そういう映画会社のしがらみはないとはいえ日本の役者には限りがある。「アウトレイジ」も死んだ人を生き返すようなことをやらざるを得なくなる。いい感じの潮時なのかもしれない。北野たけしの次の構想に期待したい。

アウトレイジ ビヨンド 裏切りがはびこる第二作

映画「あゝ荒野 前編」 菅田将暉

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映画「あゝ荒野 前編」を映画館で観てきました。


「あゝ荒野」は寺山修司が昭和41年に書いた長編小説に基づき、菅田 将暉が主演した映画である。現代新宿に時代の軸足を変えているが、2021年東京オリンピック後の近未来社会という前提である。

菅田 将暉は個人的に好きな俳優である。かなり出演量をこなす中で、少しづつ実力を蓄えている印象をもつ。パッションが強いインパクトのある演技ができる現代日本を代表する俳優になりつつある。一方、ヤン・イクチュンは映画「息もできない」で我々をあっと言わせた。韓国得意のバイオレンス映画である。「シーバ」の罵声を最後まで連発しながら、借金の債務者から容赦なく暴力的に取り立てる怖い男を演じた。この演技は日本でも高く評価され、キネマ旬報ベスト1となる。

そんな2人が組むのであれば、悪い映画ができるはずがない。ただ、上映時間が長いせいか、やっている映画館が少ない。新宿に向かうが、事前にネットをみると予約でいっぱいである。ひそかに人気である。さすがに2時間半をこえる長さは重いなあという感じであるが、期待通りの作品で続編を楽しみにしたいという気持ちをもって前半を見終えた。

新宿新次(菅田将暉)は振り込め詐欺の常習犯であったが、仲間の裕二(山田裕貴)に裏切られた喧嘩のあと警察に引っ張られた。2021年ようやく入った少年院を出所して、元アジトのある新宿に戻ってきた。たむろしていた喫茶店で元の相棒から、裏切った裕二がボクシングジムにいることを聞く。顔を見た途端、怒りを込めてリングに上がるが、裕二のボディパンチを浴び倒れる。


一方、新宿の床屋で働くバリカン銀二(ヤン・イクチュン)は元自衛隊の幹部を父親に持ち、母親は韓国人だが、両親は離婚している。今は酒浸りの父親と暮らしている。どもりがひどく、韓国語も日本語も不十分で、ひきこもった人生を送っている。


新次が一発食らったボクシングジムの外には、片目こと堀口(ユースケサンタマリア)がいて、自分が作ったボクシングジムの勧誘をしている。バリカンも床屋のティッシュ配りをしているところで、偶然出会う。父親の虐待につかれ、強くなりたい願望を持つバリカンがジムに向かうと、同じように新次もボクシングジムの門をたたく。ジムで2人の練習は始まった。そこにトレーナー(でんでん)が加わり、2人はデビュー戦を目指す。


登場人物がわりと多い。自殺扇動の運動家、ボクシングジムの出資スポンサーとその秘書、バリカンの父親、ラーメン屋でバイトする私設売春婦などなど。みんないい人生を送っていない。そういう話をそれぞれに小出しに出していく。内容盛りだくさんで上映時間が長時間になるには仕方ないか。そんな中でも新宿新次が街でナンパした女ヨシコ(木下あかり)の存在が雰囲気を盛り上げる。

1.ヤン・イクチュン
暴れまくっていた「息もできない」とは全く対照的な男を演じる。同一人物とは思えない。当然日本語はうまくないわけだが、どもりとはいい設定をした。ボクシングシーンも弱々しい。後半どう変わるのか?それとも破滅するのか?原作をみずに楽しみにしたい。


2.木下あかり
新次が街でナンパした女とホテル直行だ。気が付くとずっとやりまくりだ。そういう血気の強い若者の相手を受けとめる。父親がいないので、売春まがいのことをしていた母親を見て育つ。結局同じようなものだ。男と一緒にホテルに行った後、財布からこっそりお札を抜け出す。悪い奴だ。
新次との情事のあとも、なけなしのお金をもっていってしまう。でも、しばらくしてラーメン屋で新次と再会、もともとムカついていたが、意外にも似た者同士くっついていく。


経験豊富?と思しき熟れた裸体を前面にだす。気前がいい。この脱ぎっぷりの良さはいろんな映画に起用される気がする。

3.木村多江
いつもより色っぽい雰囲気だ。化粧の仕方も違う。ユースケサンタマリアがやっているボクシングジムのスポンサーの情婦(秘書)という設定である。謎めいた雰囲気を残すが、実は主人公ととんでもない関係にあることがわかる。(ネタバレなので言わない)


ただ、2021年に失業者であふれているという脚本設定になっている。これはどうかな?2017年の今、アベノミクスの効果が出て有効求人倍率はバブル水準の1.5を超えている。しかも、若者の人口減で人手不足に拍車がかかっている。経済音痴の脚本家はついついリーマン前後の悪い状況を思い浮かべるけど、ベビーブームに生まれた日本の最多人口の集団も70歳半ばでは失業者というより引退の身だし、これだけは違うんじゃないかな?映画の中身の良さとは関係ないけれど。

映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」ジェイクギレンホール&ナオミワッツ

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映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」は今年公開のアメリカ映画

随分としゃれたラブストーリーを連想させる題名である。ジェイクギレンホール、ナオミワッツとも銀幕の前では自分にはおなじみ。でも、妻を亡くした男の喪失という大枠の話を聞いて、後回しにしてしまう。dvdではじめてチェックしたが、 ちょっとビックリだ。なかなか感情移入ができず見終わる。改めて解説をみて、原題がdemolitionだったということを確認する。日本語訳で解体だ。おいおいこの原題どおりの映画じゃないか、なんか騙されたみたいだなと感じる。

ディヴィス(ジェイク・ギレンホール)は、出世コースに乗り、富も地位も手に入れたウォールストリートのエリート銀行員。いつもの朝、美しい妻とともに車でオフィスに向かう。ところが、突然の交通事故に遭遇し、妻だけが他界してしまうのだ。ディヴィスは、一滴の涙もでない。哀しみにさえ無感覚になっている自分に気付く。このあと、デイヴィスの行動が支離滅裂になってくる。まだこのときは、周囲からは突然の妻の死に遭遇した夫に対する同情の気持ちが強かった。


そんななか、「心の修理も車の修理の同じことだ。まず隅々まで点検して組み立て直すんだ」という会社のオーナーである義父(クリス・クーパー)の言葉が契機となり、ディヴィスは身の回りのものを分解し始める。やがて、エスカレートし、あらゆるものを破壊し始めるのだ。


妻が搬送されていった病院の自動販売機でチョコレートを買おうとしたが、コインを入れても出ない。妻の死よりもそのことが気になって仕方がない。自動販売機のメーカーにクレームの手紙を再三だす。すると、深夜デイヴィスの心を癒すがごとく、電話がかかってくる。カノン(ナオミワッツ)という女性からだ。何度もかかってきた後で正体を突き止める。メーカーのクレーム係のシングルマザーだ。デイヴィスは彼女に急接近をする。


解体だという題名だったら、誰も見に行かないだろうと、詩的日本題をつけたので、面喰らう。ちょっとしたことで腹をたて食器を割ったりする女性は、それでもストレス解消で見にくるんだろう。自分は苦手。最初に家の冷蔵庫を分解し、おいおいどうなるんだと思ったら、会社のパソコン、トイレみんな分解してしまう。周りも奇異の目で見るようになる。そのあと、町の解体現場に行き、自分にもぶち壊させてくれという。解体職人にダメだと言われたら、金を払うからやらせてくれと。このエスカレートぶりには驚く。


この映画では、独り者になった主人公があるシングルマザーとちょっと変わったその息子と交わるのも見せ場だ。変わり者が変わり者と交わり、おかしな方向へ進む。ウォールストリートのエリート金融マンとシングルマザーの家庭との格差社会的アンバランスを含め、我々に何かを感じさせようとしている。

映画「女神の見えざる手」 ジェシカ・チャスティン

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映画「女神の見えざる手」を映画館で観てきました。

最終に向けて面白くなっていくスリリングな映画である。社会派の映画なので、男性観客のほうが多かったが、男の自分がいうのも何だが、女性が見るとすっきりするんじゃないかな?と思う。


「ゼロダークサーティ」以来相性のいいジェシカ・チャスティンの主演。ロビー活動というのは日本語にもなってきているけれど、ロビイストというと日本ではまだなじみはない。映画を見始めたときは、むずかしい言葉が飛び交い何が何だかわからない。そんな状態が続いた後で、銃規制をめぐっての肯定派と反対派の対決になり、徐々にわかっていく。テレビ討論の場面なんか迫力たっぷりだ。

金品や物品の授受で議員たちの言動を変えるとなると、ヤバいことになる。ではロビイストたちはどうやって自分が有利となる方向にもっていくのか?結局、議員たちは選挙で負けてしまうとただの人になる。議員がこころから望むのは自分のエリアでの票を集めるための手助けをしてもらうことだ。そしてそれがロビイストたちの仕事となる。今回の衆議院選挙でも、ライバルの出馬をやめてもらったとかずいぶんあったよね。そういうことを裏で操る。

ロビイストたちは全米をまわって、地道に自分たちに優位になるように議員説得に頑張るのだ。

ワシントンD.C.で、スパーリング上院議員(ジョン・リスゴー)による聴聞会が開かれていた。召喚されているのは、敏腕ロビイストとして名高いエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)。大手ロビー会社、コール=クラヴィッツ&W在職中に手がけた仕事で不正を行っていたとされ、その真偽が問われている。


聴聞会から遡ること、3ケ月と1週間前。
エリザベスは、コール=クラヴィッツ&Wの花形ロビイストだった。勝つためには手段を選ばず、一切の妥協を許さない仕事ぶりはクライアントから高く評価され、政府やメディアからも一目置かれる存在だった。
エリザベスは、銃擁護派団体からの仕事を依頼されていた。新たな銃規制法案に対し、女性の銃保持を認めるロビー活動で、廃案に持ち込んでくれというのだ。団体の代表者は議員たちにも強い影響力をもつ人物だが、エリザベスは彼の目の前でその仕事をきっぱりと断る。その結果、上司のデュポン(サム・ウォーターストン)から、「依頼を断るなら、君にいてもらう必要はない」と言い渡される。
その夜、パーティに出席したエリザベスは、銃規制法案の成立に尽力する小さなロビー会社のCEO、シュミット(マーク・ストロング)から、自分と一緒に闘わないかと誘いを受ける


次の日、エリザベスは部下を引き連れ、シュミットの会社へ移籍。奇策ともいえる戦略によって、形勢を有利に変えていく。だが、巨大な権力をもつ銃擁護派団体や元同僚も負けてはいない。エリザベスの過去のスキャンダルが暴かれていくのだが。。。
(作品情報引用)

弁護士が活躍する法廷映画のような展開である。ジェシカ・チャステイン演じる主人公は男勝りで、慢性的な不眠症だ。起きているあいだじゅう頭の中が冴えわたる。弁舌ではだれにも負けない。パリッとした服装に身を包み、真紅のルージュが白い肌に妙なコントラストをつくる。独身であるが、性的な欲求の解消に男を買っている。優秀なロビイストというのは高額な収入を得ているのであろう。物事の解決に自腹を切ることもよくある。ドライな女だ。


そういう主人公を演じるジェシカ・チャステインのワンマンショーと言えるだろう。常に勝ち続けるかというと、そうでもない。聴聞会にも呼ばれるくらい不利な状態をつくるし、カッとしてとっさにまずい言葉も吐いてしまう。もうこれで終わりかと思うところで、脚本家は別の手立てを仕組む。ここでのストーリー作りは実にうまい。脚本術を独学で学んだ元弁護士のジョナサン・ペレラが、不正行為で逮捕された共和党系ロビイスト、ジャック・エイブラモフのインタビューを見たことで着想を得て、初めて執筆したのが本作のシナリオだという。お見事だ。


ロビイストはいないけれど、自分たちの業界の陳情がなりたつように、業界団体がずいぶんと動いている。自分の会社にも政治家に入れ込んでいる人はいる。業界団体の専務理事のような人はほとんど所轄官庁の天下りだ。だから選挙の業況が悪いと、とたんに政党から応援要請が来る。今回は途中の世論調査を経て、思ったほど応援要請はなかったので、気楽であった。

昨日、財界関係者も出席するある夜の会合があり、冒頭ある財界の大物が与党の勝利で選挙が無事終了してよかった、小池台風があっという間に去ってパリに行ってしまったなんて話をしていた。個人的にもよかったと思う。なかなか女性が這い上がろうとしても障壁は多い。しかも、小池自らポカをやってしまって、選挙は彼女の思い通りにはならなかった。もしかしたら、この映画でも見たら、再度やる気を出すんじゃないかしら?

映画「あゝ荒野 後編」 菅田将暉&ヤン・イクチュン

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映画「あゝ荒野 後編」を映画館で観てきました。


前編はなかなかの出来であった。当然、観に行かねばと思い、超満員の映画館に向かう。上映館が少ないので混んでいるなあ。前編の鑑賞後で、寺山修司の原作を購入したが、後編をみるまでお預けで2時間半を超える長丁場に向かう。

会社のある新宿高層ビル街でのトレーニングシーンが目立ち、見慣れている光景に気分が高揚する。因縁の相手との対決で気分を盛り上げ、バリカンの予想外の展開に身を任す。最後に向けては原作に忠実であるが、ちょっとやりすぎじゃないという感じもする。

前編のほうがよかったんじゃないかな?上映時間が長時間になるのは、原作にない部分の設定が多すぎるからではないか。因縁の相手である裕二を設定するのは仕方ないとしても、どうでもいいデモのシーンとかバリカンの父親を元自衛隊員にしてしまうのはあんまり褒められたものでもない気もする。

プロのボクサーとして着実に力をつけている新宿新次(菅田将暉)は、少年院に入る前に裏切りにあった因縁の相手・裕二(山田裕貴)との対戦が決まり、片目(ユースケ・サンタマリア)やトレーナーの馬場(でんでん)とともにトレーニングをはじめる。そのころ、母(木村多江)から兄貴分のバリカン建二(ヤン・イクチュン)の父が自分の父を死に追い込んだことを知らされる。それでも、特に変化なくバリカンと付き合いを続ける。


そのころ、海洋ボクシングジムのオーナーである宮本社長(高橋和也)はジムの地主石井(川口覚)から土地有効活用に絡んで、ジムの立ち退きを要求されていた。宮本は石井を誘ってジムの実情を説明しようとする。そこで、バリカンの戦いぶりと人柄に惚れ、石井はバリカンにある提案をする。

そして、新宿新次は裕二との対戦を迎える。試合場でセコンドに入るはずのバリカンがいないことに気づく。バリカンは石井の紹介でジムを移籍したのだ。新次はわれを忘れて裕二に立ち向かう。

バリカンは移籍後力をつけていく。しぶとい戦いを続け連戦連勝だ。もともと自殺研究会のリーダーの彼女(今野杏南)の窮地をあることで救っていた。バリカンへの感謝をこめて試合を見に来るようになったこの美しい女性が童貞のバリカンに引き寄せられるのであるが。。。

1.白熱のファイト
新宿高層ビル、大久保の裏小路、大久保から高田馬場へ向かう道で新次とバリカンはランニングを続ける。そして、うらびれたジムで徹底的に体を鍛えて試合に臨む。少年院に行く前に裏切りにあった裕二は原作にはない。原作では少年院にどうして入ったかは言及されていない。この設定はオリジナルだが、いきなり新次対バリカンになるよりは1つのピークを作るという意味でいいのではないか。
ただ、この試合の内容はいただけない。裕二に対して、恨みがあるのはわかる。殺したい気持ちになるのもわかる。でも、ボクシングルールを無視したような動きはよくない。亀田甲毅がタイトル戦で反則したときの動きのようだ。減点はあれど、試合は続く。これってちがうんじゃない?これで勝負がつくというのは変じゃない??

2.宮本社長の取り扱い
原作を読むと、 宮木社長(原作では本でなく木)はスーパーの経営者ということになっている。しかも、宮木社長の手記なんかもとりあげられている。昭和41年当時は価格破壊でスーパーマーケットがいちばんの成長株だったわけだ。今はリアル店舗がネット通販に押されているときで、スーパーをクローズアップはできない。映画での宮本社長は介護施設やボクシングジムを経営している。介護というのは補助金目当てにまじめな仮面をかぶった裏の奴らも参入する現代のビジネスかもしれない。うさんくさい顔をさせると、高橋和也はうまい。


原作と共通する場面は、新次が宮木社長のオナニーを偶然に見てしまうということ。このコミカルな感じも演じる高橋和也のうまさが光る。どこで新次に見られるかということは原作を読んでいない人へのお楽しみにしておく。

3.ヌード三景
一作目で菅田将暉とやりまくっている木下あかり のベットシーンは経済学の「限界効用逓減の法則」どおり一作目ほどは衝撃を受けない。 2作目ではもともと木下の母親であるという設定の河井青葉が、ユースケサンタマリア扮するジムのオーナーが通い詰める飲み屋楕円で働くということになっている。「私の男」でもヌードを見せていたが、今回もモデル出身の裸体をさらす。


そして、意外な掘り出し物があった。今野杏南である。自殺研究会のイベントで自らドローンからの攻撃を受けて亡くなったリーダーの彼女だ。それがバリカンの目の前に現れる。自殺研究会のリーダーの子を身ごもっていた彼女が流産してしまうのだ。図書館で倒れた時、そばにバリカンがいて助ける。そして、2人は近づいていき、ラブホに入る。そこで見せつける今野杏南のボリューム感タップリの美しいバストにビックリ。映画を見ていた全ての男性は思わずゴックンとしてしまったのでは?

4.原作と違う余計な設定
原作に付け加えてよかったと思える部分もあるが、変な場面も多い。どうもこの脚本家はデモとか好きなのか?東日本大震災の被災者の設定やバリカンの父親が自衛隊員とするのもどうかと思う。変に反体制の雰囲気を醸し出させるのはちょっと余計だな。ヤン・イクチュンの母国では徴兵制がある。徴兵制反対なんてプラカードを韓国の人が見たら、日本人は能天気だなと思うであろう。

寺山修司の原作は思いのほか簡潔でいい小説であった。新宿大映とか緑屋とか西口会館とか今はもうない新宿の固有名詞を見るたびに気分は高揚する。

映画「はじまりへの旅」ビゴ・モーテンセン

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映画「はじまりへの旅」は2017年公開の映画


大森林の中で、子供にサバイバル教育をするおやじが、妻の悲報を聞き、仲の悪い妻の父親のところにある母親の遺影のもとへ6人の子供を引き連れてバスで向かうという話である。ロードムービーは大好きだけど、dvdスルーであった。

いきなり、少年が森林にいる野獣を退治するという映像が映し出される。人里離れてサバイバル生活をして鍛えられた子供という設定はたまに見るが、ここでは本を読まされて頭脳も幼児から徹底的に鍛えられる。幼児なのにむずかしいことをすらすら答えられるシーンが次から次へと出てくる。

変人の振る舞いをみていると、感覚がおかしくなる。父親は子供に平気でスーパーでの集団万引きを教えたり、世話になっている家で好き勝手なことを言いまくったり。変な奴のパフォーマンスを見ていると、気分が悪い。でも、子供が普通の生活をしたい。大学に行きたいという願望が出てくるあたりから、少しづつ様相が変わってくる。

アメリカ北西部。携帯の電波さえ届かない大森林の中で、自給自足のサバイバル生活を送る奇妙な一家がいた。高名な哲学者ノーム・チョムスキーを信奉し、現代の文明社会に背を向けた父親ベン・キャッシュ(ビゴ・モーテンセン)と6人の子供である。18歳の長男、15歳の双子、12歳の次男、9歳の三女、そして7歳の末っ子ナイは学校に通わず、先生代わりのベンの熱血指導のもと、古典文学や哲学を学んで6ヵ国語をマスター。おまけにアスリート並みに体を鍛えていた。


ある日、ベンは、数年前から病で入院していた妻レスリーが亡くなったという知らせに心を痛める。泣きじゃくる子供たちは、「お葬式に行かなくちゃ」「ママに会いたい」と懇願。レスリーの父親ジャック(フランク・ランジェラ)と折り合いが悪く、「来れば警察を呼ぶ」と警告されているベンは子供たちを不憫に思い、彼らの願いを受け入れる。目指すは2400キロ離れたニューメキシコ。一家が成し遂げるべきミッションは、仏教徒のママを教会から“救出”すること。バスに乗り込んだ子供たちは一斉に雄叫びを上げた。


コーラを“毒液”と見なすベンはお腹を空かせた子供たちスーパーマーケットでミッション“食べ物を救え!”を実行。まんまと盗んだチョコレートケーキを子供たちに振る舞った。この日の宿は、ベンの数少ない理解者の妹ハーパーとその夫デイヴの自宅。ところが夫妻の2人の子も交えたディナーは、ベンらが常識外れの言動を連発したせいで最悪の雰囲気に。ハーパーはたまりかねて「子供たちは学校へ行くべきよ」と諭すが、そんな忠告に耳を貸すベンではなかった。


遠路はるばるニューメキシコに到着した一家は、厳かに葬儀が進行中の教会にド派手なファッションで乱入。しかしベンを心の底から憎むジャックに、埋葬への参列を拒まれてしまう。このままではママを救えない。しかも大学進学を夢見るボウドヴァン、ベンの極端な教育方針に反発するレリアンが次々と不満をぶちまける。さらに子供たちの養育権を法的に争うとジャックに宣告され、新たなミッション中に起きたアクシデントで、たちまち窮地に立たされたベンの信念が揺らぎ出す。(作品情報より)

むかつく話も多いけれど、頭が良くて、名門大学から軒並み合格通知をもらうほどクレバーな長男が、バスで移動中に宿泊するキャンプで知り合った女の子に急接近するシーンはかわいい。少しづつ性に目覚めていく姿がいい。

ただ、おやじは頑固そのものだ。名門大学からの入学許可を見せても、行く必要がないという。妻の父親である義父は少しはまともな生活をさせようとしても言うことを聞かない。見ていてこちらが、かわいそうになってくる。それでも最終に向けてはほっとさせられる。



映画「バリー・シール」トム・クルーズ

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映画「バリー・シール」を映画館で観てきました。

トムクルーズの新作はちょっと変わった実在人物をモデルにしたらしい。しかも、トムと相性のいい飛行機が題材となれば期待感は高まる。それにしても本当にこんな奴がいたんだろうか?そう思わせる映画である。禁輸のキューバから葉巻を持ち出したり茶目っ気のあるパイロットだったのを、CIAにスカウトされる。冷戦時代ソ連の息のかかった中米諸国のアジトの写真を撮るなんてことから始めて、気が付くとコロンビアの麻薬王と意気投合して運び屋さんになってしまうなんて話はありえないと思うが、こういう事実があったらしい。


バックミュージックのセンスが抜群で、優雅に小型飛行機を飛行する映像やラテン系の景色が流れる中でノリのいい曲が流れる。大好きなオールマンブラザースの曲が流れると、思わずドッキリ。これにはゴキゲンになる。それに加えて、即席滑走路から小型飛行機を離陸させる場面など、いつもスタントマンを使わないトムクルーズも草木にぶつかりながら飛行させるのはドキドキものでは?

天才的な操縦技術を誇り、民間航空会社のパイロットとして何不自由ない暮しを送っていたバリー・シール(トム・クルーズ)の元に、ある日CIAのエージェント(ドーナル・グリーソン)がスカウトに現れる。CIAの極秘作戦に偵察機のパイロットとして加わる事となったバリーは、その過程で伝説的な麻薬王パブロ・エスコバルらと接触し、麻薬の運び屋としてもその才能を見せ始める。ホワイトハウスやCIAの命令に従いながら、同時に違法な麻薬密輸ビジネスで数十億円の荒稼ぎをするバリー。しかしそんな彼の背後には、とんでもない危険が迫っていた…。(作品情報より)


撮影中に小型飛行機の事故があり、死亡者も出たらしい。そうなったのもわかるような小型飛行機の低空飛行はなんか怖いなあ。トムクルーズもスタントマン使わないで、よくやるよ。いつもいつも見せ場を作るかれど、今回は国境の警備隊に対抗して、普通の住宅地を不時着する。こういうのまでスタントなしでやれちゃうのは命知らずとしか言いようにない。保険って掛けられるのかな?


レーガン大統領もたびたび登場、ナンシー夫人も含めて懐かしいね。ニュース映画映像などを通じて肉声が聞こえる。昔レーガンが出ていた映画のシーンも織り交ぜ、コミカルに映し出すのはいい感じだ。ソ連の中南米進出に対抗して、地場の親米反政府組織と組むんだけど、あまりうまくいっていなかったのであろう。それにしても、各組織から逮捕命令が出たのにもかかわらず、釈放されるなんてすごいなあ。


命短し、捕まったらずっと牢屋に入りっぱなしとなれば、自分でも使い放題に金を使ってしまうだろう。でも、彼の場合はコロンビアとの空輸で時間を使っているから、暇もないのだろう。使い切れない金を銀行に預けるだけでなく、家じゅうに隠している。ちょっと疑問なんだけど、銀行は何も言わず自分の銀行口座で預かったのであろうか?真面目な人が多い今の日本では考えられないが、金持ちがいるとは思えない田舎町では黙って預金量の増加としてしまうのであろう。


映画「ブレードランナー2049」ハリソン・フォード&ライアン・ゴズリング

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映画「ブレードランナー2049」を映画館で観てきました。


もともと未来ものは苦手である。子供のころからSF小説は読まない。飛躍がありすぎると、本当にそうなるのか?と思ってしまう。逆に歴史好きだったせいもあるのか、むしろ過去にあった事実を探る方が好き。それもノンフィクションのほうがいい。それでも、予告編に映るハリソン・フォードの姿を見ると、好奇心をそそられる。

結果的に言えば、つまらなかった。映像表現が素晴らしいという声が聞こえてくるので、大画面スクリーンの映画館で前方に座って見た。確かに見ごたえはある。「ダンケルク」の時も素晴らしいと思ったが、緊張感を持たせるハンス・ジマーの音楽はいい。デイヴィッド・リンチ監督の作品を思わせるようなずっしりくる音楽がジーンと響きわたる。でも話にまったくなじめない。これは好みなので仕方ない。

前作では日本びいきのリドリー・スコットらしい日本の夜の繁華街らしき映像が目立った。新宿のしょんべん横丁や歌舞伎町の街を意識している。今回も同様に登場するが、一度は荒廃しきったという前提でこういう感じが残るのか?疑問が残った。


2049年、貧困と病気が蔓延するカリフォルニア。人間と見分けのつかない《レプリカント》が労働力として製造され、人間社会と危うい共存関係を保っていた。危険な《レプリカント》を取り締まる捜査官は《ブレードランナー》と呼ばれ、2つの社会の均衡と秩序を守っていた―。LA市警のブレードランナー“K”(ライアン・ゴズリング)は、ある事件の捜査中に、《レプリカント》開発に力を注ぐウォレス社の【巨大な陰謀】を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男にたどり着く。


彼は、かつて優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明になっていた男、デッカード(ハリソン・フォード)だった。いったい彼は何を知ってしまったのか?(作品情報より)

ドゥニ・ビルヌーブ監督には「灼熱の魂」であっと言わされた。ものすごい傑作である。その後も作品を追いかけている。出演者には自分の好きな俳優がそろっている。ハリソン・フォードは「刑事フック」「逃亡者」といったサスペンスものや「インディージョーンズ」シリーズを通じてずっとファンである。近年出番の増えたライアンゴズリングも「ドライブ」「ラ・ラ・ランド」で一層好きになる。

2人ともここでの演技は全く悪くない。荒廃しきったラスベガスと思しき建物で2人が出会うシーンは個人的には感動的だ。むしろ助演の女優群が個性的な役柄を見事にこなす。美人ぞろいの人造人間を欲するアキバ的ボーイが増えそうな予感。


手塚治虫の漫画に出てくる世界を思い浮かべた。「火の鳥」にはロボットと共生する社会が出てくる。そして、人間の形をした気まぐれな人造人間が出てくる。ある意味、今から40年以上前に書かれたこの漫画にこの映画のストーリーに類似した点が多々見受けられる。


クローン人間というわけではないが、AIの進歩は加速度的に著しい。ロボットも普通の歩行ができるだろう。近未来にはそういう人造人間がでてくるとなれば、そういう社会を予言したような気がする。でも、映画の中にある退廃と進歩の混在に矛盾を感じる。空飛ぶ車が走る一方でごみダメみたいな世界がある。人類はそこまでバランスを崩すように思えないが、私の希望的観測が強すぎるのか?

最後に向けて雪の中映し出されるライアンゴズリングとハリソン・フォードの姿は美しい。大画面の手前で観ると、はたして30年後にライアンゴズリングがもう一回「ブレードランナー」をやるのか?そう考えてしまう。あと2年でどう変わるかわからないが、前回の「ブレードランナー」で想像した世界には今はなっていない。あと30年後にこの映画のつじつまが合うか見ものだ。

ブレードランナー ファイナル・カット 歌舞伎町と思しき街角の映像が懐かしい

映画「彼女がその名を知らない鳥たち」蒼井優&阿部サダヲ

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映画「彼女がその名を知らない鳥たち」を映画館で観てきました。

共感度ゼロのイヤな奴ばかりが出ているという宣伝フレーズが気になる。着々と実績を重ねている蒼井優、阿部サダヲ2人の新作は見逃せない。ストーリーの大枠を確認せずに観た。映画を見始めると、雑然とした部屋の中でクレーマーぽい電話をかけている蒼井優と彼女のご機嫌とりに躍起になっている阿部サダヲがクローズアップされている。ともにいつも通りの好演、それに竹之内豊と松坂桃李が加わる。

白石和彌監督は「凶悪」「日本で一番悪い男」で男をあげた。確かに両作ともいい出来である。勢いに乗って日活ポルノ「牝猫たち」をつくったが、低予算ということもあるけど、これはもう一歩かな?でもそこで培ったノウハウで、蒼井優に今まで以上に大胆なベッドシーンを演じさせる。よくやるな!と自分にも思わせるけど、バストトップが見えそうで見えないのが残念。


15歳年上の男・陣治(阿部サダヲ)と暮らしながらも、8年前に別れた男・黒崎(竹之内豊)のことが忘れられずにいる女・十和子(蒼井優)。不潔で下品な陣治に嫌悪感を抱きながらも、彼の少ない稼ぎに頼って働きもせずに怠惰な毎日を過ごしていた。ある日、十和子が出会ったのは、どこか黒崎の面影がある妻子持ちの男・水島(松坂桃李)。彼との情事に溺れる十和子は、刑事から黒崎が行方不明だと告げられる。


どれほど罵倒されても「十和子のためだったら何でもできる」と言い続ける陣治が執拗に自分を付け回していることを知った彼女は、黒崎の失踪に陣治が関わっていると疑い、水島にも危険が及ぶのではないかと怯えはじめる。(作品情報より)


2人の二枚目もここでは確かにイヤな奴だ。蒼井優はその昔竹之内豊のことが好きだった。しかし、この男は商才がない。借財もあるようだ。金の無尽だけでなく、借金のカタにスポンサーと寝てくれというくらいの男だ。とんでもない。松坂桃李は蒼井優がクレームをつけたデパートの時計売り場の社員、いい男なんで、女性も態度を変える。そして、松坂桃李には妻がいるにもかかわらず、蒼井優に近づいていく。でもそれは単なる性欲処理にすぎない。2人とのベッドシーンはたびたび訪れる。


ストーカーに近い相手のことが気になって仕方ない男ってたまにいる。阿部サダヲ扮するこの男はかなり執着心が強い。15歳も違うと、可愛いさ余ってかわいがるということもある。でも、生活費は男が持っているにもかかわらず、蒼井優扮する同居人は全然男を相手にしない。それでも、女性に性欲がある時には、指で愛撫していかせてあげる。そんな関係だ。男ができたと阿部サダヲにわかった時は2人のデートを尾行するのだ。マシな人は誰もいないと言うが、自分から見たら阿部サダヲ扮する主人公はまともな方だ。今回は阿部サダヲのしつこさが見ものである。


最初はミステリーの要素があるように思えなかったが、ある時から行方不明になった竹之内豊が本当は殺されたんじゃないか?と観客に感じさせる匂いを持たせる。それも阿部サダヲに。それくらい交際相手に執着する姿にヤバさを覚える。そう観客に感じさせるように思いっきり引っ張り、方向性を変える。意外な展開にそう持ってきたのねと感じさせるのはうまい。

この脚本は「ラブジェネレーション」などのラブコメの脚本で名高い浅野妙子である。最後に向けてはちょっと甘すぎかな?

凶悪白石監督のクライムサスペンスもの

映画「ノクターナル・アニマルズ」 エイミー・アダムス&ジェイク・ギレンホール

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映画「ノクターナル・アニマルズ」を映画館で観てきました。


ファッション・デザイナーのトム・フォードが監督だ。視覚的に楽しめそうな映画という先入観で映画館に入る。当然、エイミー・アダムス、ジェイク・ギレンホールいずれもこのブログで再三取り上げているおなじみの俳優であることも観に行く大きな理由である。

時代の軸を少しづつずらして、エイミーアダムスの生活を映し出す。同時に主人公に送られてきた元夫の著書の内容を追っていくストーリーを映像にする。その物語は緊迫感を持って流れていく。スティーブン・スピルバーグの「激突」やクウェンティン・タラティーノの「デス・プルーフ in グラインドハウス」がもつ怖さを連想させる小説の内容である。それをフォローするアベル・コジェニオウスキの音楽も緊迫感を助長する。ペドロ・アルモドバル監督作品で音楽を担当するアルベルト・イグレシアスのテイストだ。


同時にアートギャラリーの経営者を演じるエイミー・アダムスの周辺を美しく映す。美術衣装および色彩設計は実にお見事である。ロケする住宅もすげえ家だ。映画というのはストーリーだけではない。それだけだったら、小説で読めばいい。プロットを中心に視覚、聴覚でどう観客に訴えるかということが大事だと改めて教えてくれる作品である。


スーザン(エイミー・アダムス)はアートギャラリーのオーナー。夫ハットン(アーミー・ハマー)とともに経済的には恵まれながらも心は満たされない生活を送っていた。ある週末、20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から、彼が書いた小説「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」が送られてくる。


夜のハイウェイの運転中に、レイ(アーロン・テイラー=ジョンソン)らに襲われるトニー(ジェイク・ギレンホール二役)とその妻(アイラ・フィッシャー)と娘(エリー・バンバー)。家族を見失ったトニーはボビー・アンディーズ警部補(マイケル・シャノン)と共に行方を探す。


彼女に捧げられたその小説は暴力的で衝撃的な内容だった。彼はなぜ小説を送ってきたのか。


いきなり、強烈に太った女性が 裸で踊る姿がオープニングだ。何これ?と見始める。アートギャラリーの陳列みたいだが、これもよくわからない。

1.我々に起こさせる錯覚
エイミー・アダムスが元夫から送られた小説を読み始める。時代が遡って、ジェイク・ギレンホールが家族と運転する車が、チンピラの乗る車に挑発されるシーンが出てくる。ここで我々を1つの錯覚に導く。この車に乗っているのが、妻であるエイミー・アダムスとその娘ではないかと。自分の嫌な思い出をつづっているかのように。途中までそう信じて、妻と娘が行方不明というけど、違うのでは?今、生きているじゃないと。この錯覚があるから、この映画の緊張感がもっている。


最後のエンディングロールで、アイラ・フィッシャーというクレジットを見つける。あれ?彼女が主演の「お買い物中毒な私」ってブログアップしたことあったっけ。「グランドイリュージョン」の一作目でも水槽トリックを演じていたよね。暗めに車の中をとらえていたので、てっきりこの車中の人をエイミー・アダムスだと思ってしまった。でも似ているよね。この2人

2.二人のなれそめと妨害するもの
この小説を送った意味を観ているものに考えさせる設定にしているのであろうか。映像はテキサスから大学進学時に出てきた旧知の2人がニューヨークで再会して付き合いはじめるシーンを映す。2人はアイビーリーグの名門大学にいずれも通うという設定で、あえてジェイク・ギレンホールは正統派アイビールック風にボタンダウンシャツを着ている。もともと惹かれあっていたのだ。


このあと、名優ローラ・リニーがエイミー・アダムスのお母さん役で出てくる。セレブ役をやらせるとうまい。彼女が二人の結びつきに徹底的に反対するのである。これが二人の別れと結びつくと想像させるのであるが、露骨には映画ではそれを見せない。今は、エイミー・アダムスの家庭はうまくいっていない。というよりも夫が浮気をしている。映画では露骨に示す。どんな意味があるんだろう。

なぜ小説を送ったかは、どっちにもとれる内容である。ネタバレにならないように自分の見方を言うと、自分なりには復讐と感じる。だからこそあの終わり方をするのだと思う。最後に着飾ったエイミー・アダムスが向かうレストランの和風を織り交ぜたインテリアはすばらしく、ウィスキーロックを淡々と飲むエイミーアダムスの姿が目に焼き付く。

映画「ザ・サークル」トム・ハンクス&エマ・ワトソン

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映画「ザ・サークル」を映画館で観てきました。


トムハンクスの新作は予告編で観て気になっていた。SNSで自分の生活そのものが24時間が世間にさらされるなんて話は、現代におけるIOT系の発展で真実味がある。今回のトムハンクスはSNS企業「サークル」のトップだが、いかにも新興宗教の親玉のようなふるまいをする。


映画の出来は別として「ブレードランナー2049」を観たときは、正直本当にこうなるかな?と思うことばかりなのに対して、「ザ・サークル」でのいくつかの逸話はあっという間に実際そうなるのでは?とリアル感があるところがいい。観終わって映画評を見ると、あまりよくないようである。自分的にはこんなこと本当に起こりそうで気になってしまうし、むしろ鑑賞を勧める。


世界No.1のシェアを誇る超巨大SNS企業“サークル”。憧れていたこの企業に採用された新人のメイ(エマ・ワトソン)は、ある事件をきっかけに、カリスマ経営者のベイリー(トム・ハンクス)の目に留まり、新サービス“シーチェンジ”のモデルケースに大抜擢される。それは、サークルが開発した超小型カメラを使って、生活のすべてを世界中にシェアするというものだった。自らの24時間をカメラに晒したメイは、瞬く間に1000万人超のフォロワーを得て、アイドル的な存在となるが……。(作品情報より)

もともとは身体の不自由な父親と母親と三人でうだつの上がらない生活をしていたエマ・ワトソンが、親友アニー・アレストン(カレン・ギラン)の誘いで大きなSNS企業の中途入社試験を受け合格する。高額賃金の会社でクリエイティブなメンバーと仕事をはじめる。


そこでは、独自のコミュティが形成されており、仲間から休日であっても一緒に過ごすことを勧められる。この連中が新興宗教にそめていく急進的な信者のような体裁をとる。
田舎でカヌーを漕ぐのが趣味だったエマ・ワトソンが深夜に海でカヌーを漕ぐ。荒海で海に飲み込まれあわや死んでしまうのをシーチェンジのカメラが察知したおかげで助かるし、父親が難病で具合が悪いというのをコミュニティのネットワークが助け舟をだし、急激によくなる。


それがきっかけで一気にシーチェンジにはまっていくし、死に損なったおかげで存在をトムハンクスに知れ、ある指令を受けるのだ。これからはネタバレになるので抑えるが、どれもこれも近未来に実現可能と思われるものである。重罪を起こして逃げている女性を10分で見つけてしまう光景はしびれるし、人権の問題は残っているが十分ありうる。

中途半端なストーリーのようだが、面白い要素は多々ある。

映画「流れる」 山田五十鈴&田中絹代&高峰秀子

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映画「流れる」(昭和31年:1956年の作品)を名画座で観てきました。


山田五十鈴をはじめとして、当時の日本を代表する名女優がここまでそろった女性を中心とした映画も珍しい。幸田露伴の娘幸田文の原作を成瀬己喜男監督で映画化した。

以前観たことがあり、ストーリーの概要も頭に残っている。今年8月柳橋の名門料亭「亀清楼」で接待を受けたことがあった。神田川が隅田川にそそぐその角に「亀清楼」はある。そして、その前にあるのがまさしく柳橋だ。8代目という美人女将のご挨拶を受けた後、芸者遊びをしたが、残念ながら柳橋にはもう置屋がないのか?大井に置屋があるという芸者衆からおいしい杯をいただき、芸を楽しんだ。

亀清楼と柳橋↓


亀清楼から観た隅田川


そんな訳で山田五十鈴生誕100周年記念の名画座の映像は見逃せなかった。映画がはじまると隅田川の映像とともにすぐさま今も同じ柳橋の映像が映る。高峰秀子こそ洋装だが、まだみんな着物を着ている。昭和30年前半の様相を見せる。建物の感じといい、昭和40年代前半くらいまでの東京を連想させる映像を食い入る様にみた。やはり歴史に残る作品だと思う。

東京柳橋でもともと売れっ子芸者だったつた奴(山田五十鈴)が営む芸者置屋は時代の流れをうけ、少しづつ没落しつつあった。そこに中年の梨花 ( 田中絹代 ) が職業あっせん所の紹介を受け、住み込みの女中としてやってきた。そこには男に捨てられ出戻ったつた奴の妹(中北千枝子)とその娘不二子とまだ結婚していないつた奴の娘勝代(高峰秀子)が同居している。芸者置屋には住み込みの芸者なゝ子(岡田茉莉子)となみ江、そして通いの染香(杉村春子)がいた。

勝代が気にくわないといってなみ江をいびり、なみ江は千葉の鋸山にある田舎に帰ってしまった。すると、なみ江側から不払い賃金だとばかりに30万円が請求されてきて、つた奴は驚く。しかも、なみ江の親類という男(宮口精二)が押し掛け来たのだ。乾物屋の支払いも滞るほど金に困っている置屋であるが、生活のレベルは下げられない。つた奴の姉(賀原夏子)がいい旦那を紹介しようと、鉄鋼会社の重役を芝居の劇場であわせるが、その場に先輩芸者で今は料亭吉野の女将であるお浜(粟島すみ子)がいることに気づき、つや奴が立ち去り、その話もだめ。しかし、月末の金策に困りそのお浜の料亭に行き、相談をもちかけるのであるが。。。

1.柳橋の雰囲気
バックグラウンドミュージックであるかのように、太鼓や三味線が流れる。今でも東京の一部に同じような表情をした路地裏の横丁が残っているが、ここで映る町並みがある意味戦後東京の原風景であろう。当然、戦災で焼けたはずだから、戦後約10年で再構成された町なわけだ。セットもあるとは思うが、この風景の中で着物を着た女性たちが今よりもすこし丁寧な東京言葉で話しているのを聞くと、明治生まれの祖父やいつも着物姿だった祖母がまだ生きていた昭和40年代前半に戻ったような錯覚を覚える。


2.わがままな女たち
もともとは芸者になろうとしたけど、人に頭を下げるのがイヤで家にいるつた奴の娘勝代(高峰秀子)は本当に嫌な女だ。比較的この映画の直近で作られた映画も随分見ているが、ここまで人をいびるイヤな女は演じていない。芸者に夜のお座敷で働いてもらわないと、自分の飯のタネにならないと思わないのか?と言ってやりたいが仕方ない。

置屋があってこそ、芸者は宴席に派遣される。置屋が上前を撥ねるのは仕方ない。それでも文句が出る。ちょっと上前が多すぎるんじゃないかと。しかも、セリフからいうと、客とねんごろになるような結構きわどい話もあるように聞こえる。まだ売春防止法は施行されていない。その中でなゝ子(岡田茉莉子)のふるまいは売れっ子を連想させるが、昔の知り合いに会いに出て行き泊まったあと、あいつタダでやろうとするのが気にくわないなんてきわどいセリフがでてくる。芸者は夜の付き合いも当たり前だったのかな?



つた奴(山田五十鈴)も見栄っ張りだ。こんだけ落ちぶれているんだから、出戻りの妹や自分の娘に家事をやらせればいいものを、家政婦を雇ってしまう。これがこの当時の花柳界の常識なのであろう。最初この映画を観たときに、ずいぶん外に出前を頼むんだなあと思ったのを覚えていたが、改めて今回すしや丼ものやそばなどを繰り返しどうでもいい時に頼むのを見て、これじゃ落ちぶれるのも当然だと思ってしまう。

3.山田五十鈴の色気と粟島すみ子の貫禄
とはいうものの山田五十鈴が発するオーラはすさまじいものがある。自分が小さい時にもうすでに年を取っていたので、色っぽさなどは全然感じなかった。この時代比較的直近の黒沢明作品の「どん底」や「用心棒」でも女親分の感じで、色気を感じない。白黒の画面でもここでの艶っぽさにはドキッとしてしまう。三味線を巧みに操るシーンも多々出てくる。まさに山田五十鈴をクローズアップするための映画だ。自分も年を取ったのか。


映画創生期の大スター粟島すみ子が成瀬己喜男監督のたってのお願いで出演している。山田五十鈴の先輩芸者で今は料亭の女将といった役をやらせるとなると、きっと限られるのであろう。こんな貫禄はちょっとやそっとではでない。

流れる 昭和の名女優たちによる女の映画

映画「下町(ダウンタウン)」 山田五十鈴&三船敏郎

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映画「下町(ダウンタウン)」(昭和32年:1957年)を名画座で観てきました。

「流れる」の併映である。「蜘蛛巣城」「どん底」と三船敏郎と山田五十鈴の共演があるが、ほぼ同じ時期にこんな映画がつくられていたとは知らなかった。DVDもないようだ。映画は出征した夫を待つ女が、ふとしたことで労務者の男と知り合うという話である。

戦後4年たった東京下町、静岡から上京したりよ(山田五十鈴)は茶の行商をしているが顧客はなかなかいない。シベリヤから還らぬ夫を幼い留吉と共に待っていた。葛飾を行商中に鉄材置場の番小屋の男鶴石(三船敏郎)と出会う。彼女を小屋に入れ火にあたらせ、茶まで買ってくれた。彼はシベリヤからの復員者だった。

りよは下谷稲荷町の幼友達きく(村田知英子)の二階を借りている。きくは療養所の夫のため闇の女をしている玉枝(淡路恵子)へ部屋を貸し、客の世話をしてその上前をはねていた。きくはりよにもそういう商売をしたらと持ちかけてくるが、客に声をかけられたとき、そんな話は聞いていないといった。その夜、おきく夫婦と玉枝は売春の疑いで警察に呼ばれた。


鶴石に留吉もなついているので、三人で一緒に浅草へ遊びに行った。激しく雨に降られ、三人は小さな旅館で休んだ。夜半、鶴石が彼女にささやきかけてき、抱こうとした。りよは一瞬抵抗したが、再度迫られたとき心は崩れ、りよの方から男の首を激しく抱いた。翌朝、鶴石は面倒を見てくれると言って別れたあと、しばらくして鶴石の事務所へ行くと、彼の姿が見えないのであるが。。。

1.林芙美子
この時代設定は昭和24年である。自らの半生を描いたといわれる「放浪記」をみると、若き日から相当苦労したようだ。「浮雲」で仏印から帰国後身を落としながらも一人の男と腐れ縁の恋をする女を高峰秀子が演じる主人公にしても、ここで山田五十鈴が演じる主人公にしてもなんか切ない女である。

女性の地位が低いので、今のように大学卒の女性総合職として、下手をすると男より稼ぐ女はその当時はいない。仮に学があってもまともな仕事にありつけないこともある。いきなり、山田五十鈴が飛び込みで住戸をまわり、お茶はいりませんか?と行商する姿が切ない。昭和24年前後にはこういう女はいっぱいいたんだろう。いろいろ言うけど、今は誰もが幸せだ。

2.山田五十鈴
演技は本当にプロ中のプロである。戦争未亡人とほぼ同じようなつらい思いをしている女を上手に演じる。なかなか売れない行商でつかれている時にやさしくしてくれる男ができた。出征した夫を待つ身でありながら、魅かれた男と結ばれるなんて、どちらかというと日活ポルノみたいなストーリーである。「いけないわ!」と言いながら、夜這いで迫る三船敏郎の身体を両手でぐいっと抱きしめるシーンが妙に情感をおぼえる。


青空文庫に林芙美子「下町」はあった。でもかなり短い短編である。多作で身をつぶしたといわれる林芙美子があくせく書いた一作なんだろう。淡路恵子演じる身を売る女や売春の斡旋をされそうになる多々良純の存在など映画もいくつかの設定を加えているが、それでも短い。本来であれば、その後の主人公の行方まで描いてもいいんだろうけど。しかし、林芙美子は若くして昭和26年に亡くなっている。あと10年生きてくれれば、短編がつなげられたのにと思う。

映画「密偵」 ソン・ガンホ&鶴見辰吾

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映画「密偵」を映画館で観てきました。


1910年の日韓併合以降における日本占領下の朝鮮を描いた映画作品が増えている。今年は「お嬢さん」も上映された。しかも、トップスターソン・ガンホが独立運動の首謀者を取り締まる日本警察の朝鮮人幹部を演じるとならば、おもしろそうだ。日本からは朝鮮総督府の幹部ととして鶴見辰吾が登場する。

結果、期待ほどではなかったかな?という感じだが、日本警察の幹部となったソン・ガンホが朝鮮人を取り締まる時、朝鮮人民としての心の矛盾をうまく描いている。本人は日本上映時に自分の日本語を聞かれるのを不安がったという日本語には字幕もついていたが、結構上手だった。

朝鮮人でありながら日本の警察に所属するイ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)は、義烈団を監視しろ、 と部長のヒガシ(鶴見辰吾)から特命を受ける。


義烈団のリーダーであるキム・ウジン(コン・ユ)に近づき、 ウジンと懇意になるジョンチュル。しかしそれは、義烈団の団長チョン・チェサン(イ・ビョンホン)が イ・ジョンチュルを“義烈団”へ引き込むための餌だった。 義烈団と日本警察の情報戦が展開する中、義烈団は上海から京城(現ソウル)へ向かう 列車に日本の主要施設を標的にした大量の爆弾を積み込むことに成功。敵か味方か、 密偵は誰なのか、互いに探り合いながら爆弾を積んだ列車は国境を越えて京城へ向かうが、 そこで待っていたのは・・・。 (作品情報より)

ワーナーブラザーズ制作となっているので、予算はかけられたのであろう。1920年代を再現したというセットはよくできている。しかも、ソン・ガンホの日本語がまともなので、日本人が見ても不自然さは感じない。

クライムアクションは韓国が最も得意とする分野だ。ただ、これは歴史もの。時代背景的には日本の軍部も強く、映画の結末に独立とかにはならないはずなので、どういう持って生き方をするのかと思っていた。若い人はあまり関係ないだろうなあと思うんだけど、最近とみに反日の雰囲気がただよわせる韓国世論を満足させる結末が必要なはずだ。まあこんなところだろうなあ。


韓国映画いつもながらの残虐シーンは用意されている。鶴見辰吾演じる日本人上司に命じられソン・ガンホが独立運動の特殊組織に属する女(ハン・ジミン)を拷問するシーンは目をそむけざるを得ない相変わらずのえげつなさだ。あとは、列車内でのソン・ガンホと同じ日本警察の男との格闘シ-ンもなかなか迫力ある。でも、そのくらいかな?それでも一応は楽しめる。イ・ビョンホンはここではあまり存在感はない。

映画「最低」 森口綾乃&佐々木心音

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映画「最低」を映画館で観てきました。


予想以上にいい映画であった。終盤にかけては涙があふれて仕方ない。
ナイスバディ佐々木心音の映画はいつも観ている。今回もナイスバディを拝みに観にいったわけだったわけだが、全く想像を超える作品だった。AV女優になろうとする人、その親、夫、そしてAV女優の娘の物語をそれぞれ平行線で見せていく。原作はAV女優紗倉まな によるもので、「64−ロクヨン−」の瀬々敬久監督がメガホンをとる。


佐々木心音の絡みシーンは予想通りだったが、普通の奥様役である森口彩乃の演じるAVシーンが見ごたえある。それだけが見物かと思っていたら、最後に向けての展開がなかなかいい。ここまで涙腺を刺激されるとは本当に予想外、最近で一番泣けた。

橋口美穂(森口彩乃)、34歳。何不自由なく暮らしているものの、どこか満たされない日々。夫の健太(忍成修吾)は何事にも無関心で、子供が欲しいと提案しても忙しい仕事を理由に断られる。最近は病に伏した父を姉の美沙(江口のりこ)と交代で見舞うため、家と病院を往復する毎日。このままずっと同じような生活が続くのだろうか……。そんな空虚な思いを埋めるため、美穂が決心したのはAVに出ること。


彩乃(佐々木心音)、25歳。専門学校に通うため、そりが合わない家族から逃げるように上京してきたが、軽い気持ちでAVに出演。その後人気女優となり、多忙な毎日を送る。この仕事に後ろめたさはない。日比野(森岡龍)という頼りなさげな男とバーで意気投合した彩乃は、そのまま一緒に朝を迎えるが、彼女の仕事を知った母親の泉美(渡辺真起子)が突然現れ、穏やかな幸福感が一気に吹き飛ぶ。AVの仕事をやめるよう説得する母を置き去りにし仕事へと向かう彩乃だったが。。。


本間あやこ(山田愛奈)、17歳。小さな喫茶店を営む祖母の知恵(根岸季衣)、東京から出戻った母の孝子(高岡早紀)と3人で、寂れた海辺の町で暮らす。

人と接するのが苦手で、クラスメイトとも打ち解けることができない。自分の部屋でキャンパスに向かって絵を描いているときだけが唯一心休まる時間。しかしある日登校すると、あやこの母親が元AV女優だという噂が広がっていたのだ。自由奔放な生活を送る孝子は田舎町では目立つ存在。あやこはそんな母親との距離感をいまだに掴めずにいたが。。(作品情報より)

見始めてからしばらく、いろんな女性が次から次にでてくる場面が映る。でも、解説もないので訳が分からない。暗闇の部屋に入り込んだ時に目が慣れないのと同じ状態だ。そうしていくうちに佐々木心音がAV女優役ででてくる。相変わらずのナイスバディだ。そのころには少しづつストーリーの外枠がわかってくる。

自分も35歳だから子供が欲しいと夫に告げるシーンで森口綾乃が出てくる。夫はうんと言わない。落胆した彼女が気が付くと、AVをやりたいと、AVプロデューサーに会いに行くシーンが映る。そこで脱ぎ小ぶりな乳房を見せる。今まで、見たことがない女優だ。なかなかいい女だ。結果的にAVに出ていくのであるが、このあたりの展開はいかにも日活ポルノのようだ。でも脚本の質は高い。

いろんな事象と組み合わせながら、ストーリーを進める。でもこうくるか?!という場面も目立つ。うーん違うよと思ってしまうことも多い。でも、目が離せない。

それでも最後に向けての熱い交情シーンには感動した。2人並んだ姿は美しい映像だ。ネタバレになるので言えないが、こうくるとは思わなかった。くっつかないと思われたオムニバス物が見事に融合するといった感じである。自分自身の何年か先を予言してしまうようで、胸がジーンとした。

映画「ビジランテ」大森南朋&鈴木浩介&桐谷健太&篠田麻里子

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映画「ビジランテ」を映画館で観てきました。


これは強烈!
韓国クライムサスペンスを連想させるえげつなさをもつ凄さで圧倒された。傑作だと思う。
今回は大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太の三人が主役という構図だが、脇を固めるやくざや政治家たちの演技がうまい。それに加えて、篠田麻里子がいかにもキャラピッタリの政治家の奥さん役がまさに適役である。入江悠監督の腕がさえる。

途中退屈な場面もあってもよさそうなんだが、まったくだれない。暴力描写も多い。その残酷さは「冷たい熱帯魚」や韓国クライムサスペンスと比較してもひけをとらない。いくつかの描写には目をそむけてしまった。政治家と地元利権というテーマは何度も映画のテーマにもなっている。でも、この地方のレベル感が逆にリアルな感じをおぼえる。

今年一番の作品になるかもしれない。

暗い川面を3人の少年が逃げる。それを男が追っているシーンが映る。父親のようだ。三男、次男をつかまえ、長男を組み伏せる。首を刺された父親は、誰がやったんだと激しく殴りつけ、アタマを強く打たれた長男は家を飛び出す。

時が流れて父親の葬儀がおこなわれている。次男の二郎(鈴木浩介)は政治家だった父の跡を継ぎ市議会議員になった。葬儀が終わり、父が残した土地は、市が誘致するアウトレットモールの建設予定地にかかると知らされる。相続してうまく受け渡すように市の有力者に言われる。そこでまず地回りのヤクザの下でデリヘルの店長をしている三男の三郎(桐谷健太)にあう。三郎は葬儀にも参列しなかった。相続には関心がなかった。そこへ突然、音信不通だった長男の一郎(大森南朋)が実家に戻ってくる。


父の残したその土地で久々に会うと、自分は相続放棄しないと公正証書をたてに土地の相続を主張する。女連れで借金取りに追われる身分だが、まったく主張は変えない。市議としての二郎の面子は丸つぶれだ。二郎の妻(篠田麻里子)は何でずっと離れていた長男に土地が行くのかと怒る。長男が戻ってきて自分の権利を主張していると聞き、街の有力者はヤクザになんとかしてくれと頼む。地回りのヤクザの配下でデリヘルをやっている三郎にも長男を説得するように命が下る。しかし、三郎も兄を説得できないとなると、三郎の親分は激しく怒り半殺しの目にあってしまうのであるが。。。
 
 
1.舞台となる地方都市
畑の中に延々と鉄塔が連なり、送電線が続く。そして、遠くに小高い山が見える。いかにも北関東独特の風景だ。群馬県なんだろうか?そう思っていると、最後のクレジットをみると、埼玉県の深谷のようだ。なるほど、クセのある政治家で名高い荒船清十郎や糸山英太郎の選挙区だったことでも有名な金権政治エリアである。その場所で生まれた入江悠監督のオリジナル脚本。これがよくできている。どちらかというと、こういう系の風俗は群馬県の匂いもするし、外国人が多いというのもどちらかというと群馬の匂いだ。映画が終わるまでそう思っていた。


閉鎖的な地方都市で、住民への騒音をものともせずに騒ぐ中国人たちと自警団との衝突なんて設定もあり得そうだ。マイノリティーの排除はヘイトスピーチを使いまくる連中の動きを連想させる。

2.えげつない描写
戻ってきた長男は女を連れてきている。でも、覚せい剤に染まっている長男は、発作が起こるとわれを忘れる。暴力的にむちゃくちゃにする。三男のデリヘルと知らず頼んだ女も発作が起こったら、ハチャメチャにする。そんなシーンが続くのも園子温的だ。


結局デリヘルには上部組織としての暴力団組織が絡むことが多い。今回も貢ぐヤクザに兄貴を相続放棄させろといわれるが、うまくいかない。もうこの仕事をやめて堅気になるというと、コテンパンにやられる。このシーンには目をそむけてしまう。最初の父親から殴りまくられるシーンもえげつないし、暴力描写は強烈だ。

3.篠田麻里子
濡れ場というのが本当は似合う女優だと思う。今回も別にバストトップを見せているわけではない。夫とのカーセックスである。政治家の妻という今の立場を絶対に下げたくない。夫が有力者に利権を献上することができず、外されそうになった時でも自分で何とかすると言って、体を張っていく。そういう状況が似あう女性である。

本当はそういう場面でベットシーンを見せるべきであろうが、観客にきっとそうだろうと連想させる想定にしている。政治家との貢ぎのカラミまでやると、さすがにイメージが崩れすぎちゃうと思ったのであろうか?

矢沢永吉2017年武道館139回目1

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今年もエーちゃんの季節になった。いつもながら、路面に落ちた銀杏の葉を横目に武道館に向かう。みんなうきうきしている。19時スタートを18時半に変更したので、うっかり時間を間違うところだった。


恒例の飲酒検問をかいくぐり、18時15分に会場に入ると、エーちゃんコールは意外に少ない。空きも目立つ。時間の感覚に狂いがあったのであろうか?それでも18時半に近づくと、瞬く間に満員。あれ!と気が付くとバックバンドのメンバーがステージ上に立っている。音楽が鳴り始めると、18番のエーちゃんコールだ。さっそうと登場するわれらが矢沢永吉、火が舞い上げる。


赤いシャツを着たエーちゃんが歌うロックンロールでスタート、「魅惑のメイク」だ。このコンサートツアーでは1曲目をよく変えているようだ。 


歌い終わると、いつも通りご挨拶。武道館はついに139回目だ。1977年スタートというとちょうど40周年記念じゃないか。「奴はデビル」はファーストアルバムのB面だ。今回はファーストアルバムからの選曲が多い。初心に帰るということなのだろうか?


スネイクのサックスとともにセカンドアルバムから「最後の約束」、メドレーで「ウィスキーコーク」につながる。ここで珍しいのが、歌詞が画面にテロップででてくるということ。みんな歌えということなんだろう。初期のからのファンは歌いすぎて暗記してしまっているだろうけど。「LIFE IS VAIN」も懐かしい。この作曲には逸話がある。あとで語ろう。


トラベリングバス2017が今年のコンサートの名称、実は1977年のときもトラベリングバスの固有名詞が使われていた。その時はなんと127回もコンサートやったらしい。すごいね。今年は26回だという。最近、矢沢の筋肉は40歳代の筋肉だといわれたそうだ。スポーツジムで鍛えたのではなく、ライブで鍛えてできたボディだ。リアルと思いは違うといっていたけど、確かに矢沢のコンサートの迫力は違う。若いときよりも明らかに歌がうまい。


ファーストアルバムの最初の曲である「セクシーキャット」、オリジナルはバックのブラスが効いているが、ここではツインギターとガイ・アリソンのキーボードでバックを固める。新しいギターリスト・ダグラ・ポポートもうまいなあ。これはこれでいいじゃない。次の「恋の列車はリバプール発」にはブラスが加わるのにあえてこういう風に変えたアレンジが憎らしい。


そしてエルトンジョン、ジェリー・リー・ルイス風のガイ・アリソンのピアノでテンポよくスタートすると、ブラスがからまり「恋の列車はリバプール発」だ。走る!走る!矢沢がステージのへそまで走る。のっているね。


そしてファーストアルバムのバラード「キャロル」、アコースティックギターのフレーズがきれい。今まで何度もこの曲聞いたけど、今日がいちばんいい。自分もまだ10代だった。その時の思いが脳裏に浮かび、胸にしみる感じがした。


4年ぶりだというジェフ・ダグモアのドラムスのソロで間をつなぐ。やっぱりすごい迫力だなあ。このリズムセクションがあってこその矢沢のコンサートだ。「ゆきずり」「パナマに口紅」と続く。そしてアルバム「ドアを開けろ」から「黒く塗りつぶせ」だ。ちょくちょくかかっているけど、これはのるねえ。


天井からミラーボールが降りてきて、室内の天井が星屑のようになる。バラードだ。武道館コンサートの一つのヤマともいえる。ライブハウス「ブルーノート」でも演奏した「愛はナイフ」、情感のこもったアコースティックギターが響き、矢沢のバラードがしみじみと心に響く。すばらしい。


続く

矢沢永吉2017年武道館139回目2

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自分は作詞は苦手、曲は頭の中にスラスラ浮かんでくる。どこからそんなメロディーが浮かんでくるの?と言われることもあるけど。酔ったままできた曲もある。ドレミファソラシドって読み上げたりうちにできたのがLIFE IS VAINだ。なるほど、確かにそうだ。


たくさんいろんな人の詞を歌にしてきたけどとジョニー大倉をはじめ作詞家の名前を挙げ、今年、山川啓介が亡くなったのでとメドレーを歌う。「引き潮」、「時間をとまれ」、「親友」、「チャイナタウン」と続く。引き潮ではいつもよりも冴えわたる矢沢のバラード、去りゆく夏への郷愁を歌わせたら、誰も及ばない。そして、ステージの出べソのところに出て行き、時間を止まれを歌う。紅白歌合戦の時はとちったが、今年は何度も歌っているはずだから大丈夫。堀川まゆみをクローズアップした資生堂のコマーシャルソングだ。最初のヒットチャート1位でもある。チャイナタウンは自分のカラオケでのおはこ。元々は時間よ止まれのB面だったけど、これもずいぶん聞いたな。


新しめの曲をということで、夢がひとつ、翼を広げて、こんなにもと続く。こんなにもではスネイクのサックスが際立つ。いったん引き上げて、雨が降り続くバックの映像で妙なパントマイム、男性が電話をしているので、ひょっとしてテレフォンかと思ったが、結局雨に打たれて、そのあとのリスキーラブは自分の好きな曲だ。


そして、矢沢にスポットライトが浴びせられ、バラードだ。ガイアリソンのエレクトリックピアノにあわせて「エイシャンシー」を歌う。自分の記録では武道館で5年ぶり、ここでスネイクが今日一番の泣けるサックスを奏でる。バンド紹介で改めて気づくが、日本人がいない。しかし、この破壊的なバックバンドは近年の中でもいちばんよく聞こえる。あとは「SUMMER RAIN」、「風の中のおまえ」を歌う。典型的な矢沢ロックとも言える「風の中のおまえ」はリクエストが多かったらしい。12年ぶりだという。「A DAY」を歌うとき、感極まったと矢沢が言っていた。最高のバラードでいったん終了。



アンコールでは毎度お馴染みのタオル投げ、hahaではみんなエーチャンに合わせて歌う。そしてトラバスだ。二階席からトラバステープが飛ぶのを見ていると、すぐさまスタッフが拾いに行く。どうするかと思ったら1番前のファンにあげていた。ノリノリのまま終了だ。俺いつまでやるんだろうと途中で言っていた。今回の武道館が終了して計142回、キリのいい150回まではあるとして、その時はもう70歳だ。まだまだ頑張って欲しい。

2017年観た映画

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1.江分利満氏の優雅な生活◎
2.モヒカン故郷に帰る◎
3.マネーモンスター
4.打撃王☆
5.サイコ☆
6.山河ノスタルジア
7.ファイトクラブ・レディス
8.アウトバーン
9.網に囚われた男◎◎
10.フィッシュマンの涙
11.好きにならずにいられない
12.二重生活
13.ザ・コンサルタント◎◎
14.この世界の片隅に◎
15.団地
16.シング・ストリート
17.マグニフェント・セブン◎
18.クリーピー偽りの殺人◎
19.恋するインターン
20.ゴーストバスターズ
21.花様年華☆
22.山口組三代目
23.マリアンヌ
24.スリ
25.日本で一番悪い奴ら◎◎
26.グランドイリュージョンⅡ
27.葛城事件
28.沈黙◎◎
29.オフィス
30.LALA・LAND◎◎
31.バンコクナイツ
32.イレブンミニッツ
33.ティエリー・トグルドーの憂鬱
34.アンヌとアントワーヌ愛の前奏曲◎
35.コクソン◎◎
36.アシュラ
37.ムーンライト
38.お嬢さん
39.ジャッキー
40.永い言い訳◎
41.ある天文学者の手紙
42.お父さんと伊藤さん
43.ジョイ
44.追憶
45.男はつらいよ・フーテンの寅☆
46.マンチェスター・バイ・ザ・シー
47.ブルーに生まれついて
48.何者
49.ブリジットジョーンズの日記
50.トランボ◎
51.淵に立つ◎
52.さらば愛しき女よ
53.フラワーショウ
54.ミモザの島に消えた母
55.ラスト・タンゴ
56.エリザのために
57.ジャック・リーチャー
58.溺れるナイフ◎
59.ビニー
60.カーズ
61.グッバイ・サマー
62.人魚姫
63.僕と世界の方程式
64.幸せなひとりぼっち◎
65.マイベストフレンド
66.土竜の歌
67.ハクソーリッジ◎
68.フェリスはある朝突然に☆
69.ファウンダー◎
70.王様のためのホログラム
71.牝猫たち
72.スノーデン
73.アラビアの女王
74.海賊と呼ばれた男
75.ベイビー・ドライバー◎
76.幼な子われらに生まれ◎◎
77.ELLE◎
78.ワンダーウーマン
79.パターソン◎
80.ロスト・イン・パリ
81.三度目の殺人
82.スウィート17モンスター
83.海は燃えている
84.ダンケルク◎◎
85.素晴らしきかな人生
86.たかが世界の終わり
87.めぐりあう日
88.裏切りの街
89.未来を花束にして
90.ANTIPORNO◎
91.あさがくるまえに◎◎
92.トッド・ソロンズの子犬物語
93.14の夜
94.わたしはダニエル・ブレイク
95.沈黙の女
96.わたしたち◎
97.ドリーム◎◎
98.アウトレイジ最終章◎
99.はじまりへの旅
100.汚れたミルク・あるセールスマンの告発
101.あゝ荒野前編◎◎
102.雨の日は会えない、晴れた日は君を想う
103.マギーズプラン
104.ナイス・ガイズ
105.女神の見えざる手◎◎
106.あゝ荒野後編
107.バリーシール
108.ボヤージュオブタイム◎
109.人生タクシー
110.素敵な遺産相続
111.ブレードランナー2049
112.彼女がその名を知らない鳥たち◎
113.ウーナ
114.チア・ダン
115.ノクターナル・アニマルズ
116.ザ・サークル
117.流れる☆
118.下町ダウンタウン
119.密偵◎
120.メッセージ
121.ラスト・フェイス◎
122.夜を生きる
123.LION
124.幸せはパリで
125.希望のかなた
126.最低◎◎
127.ビジランテ◎◎
128.夜空はいつでも最高密度の青色だ
129.くも漫◎
130.美しい星
131.残像◎
132.22年目の殺人
133.小さな恋のメロディ
134.愛のお荷物
135.シンプルシモン◎
136.氷点
137.ベット・バッカーズ

この一年を振り返る。◎◎ 自分にあっている。好み ◎ いい感じ☆好きな昔の映画再見 
毎年本数は減っている。
2013年 216本、2014年 258本、2015年 178本、2016年 141本

ともかく反省しきりの一年だ。ある一定の評価を受けたものは観るようにしているが、コメントがなかなか書けない。◎をつけたものも感想書けていない作品がある。毎年退化しているのであろうか?飲む回数も確かに増えている。ダメだ。
◎◎は外国映画10本、日本映画5本列挙した。
その中で好きな外国映画を順位づけすると
(それぞれ感想にとびます)
1.ラ・ラ・ランド
2.コクソン
3.ファウンダー
4.ドリーム
5.あさがくるまえに
6.網に囚われた男
7.女神の見えざる手
8.沈黙
9.ザ・コンサルタント
10.ダンケルク
「ダンケルク」は団体戦だけど、「ファウンダー」「ドリーム」「女神の見えざる手」「ザ・コンサルタント」はいずれも異端な個人。「コクソン」や「沈黙」もある意味そうだな。ふだん居心地悪い企業という団体戦の中にいる自分からすると、異端な個人のほうが好きだ。今日終了の日経新聞「私の履歴書」江夏豊もおもしろかった。

世間の評価とちょっとちがうのは「ムーンライト」、「希望のかなた」。

日本映画を順位付けすると
1.ビジランテ
2.幼な子われらに生まれ
3.あゝ荒野前編
4.最低
「日本で一番悪い奴ら」は前年だ。いっぱい観たといえるほど日本映画見ていないので。あえていれるならANTIPORNOかな。「ビジランテ」は北関東のある街でのいざこざ。スケール感が地方都市なのでありえそう。篠田麻里子演じる政治家の妻がピッタリ。きわどい表現もドキドキもので、脇役がうまかった。
「幼な子われらに生まれ」は浅野忠信が抜群に良かった。後編もよかったら「あゝ荒野」が今年のベストになるんだけどなあ。「最低」では異母姉妹の交情がよかった。涙が止まらなかった。
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