映画「ゆきてかへらぬ」を映画館で観てきました。
映画「ゆきてかへらぬ」はベテラン根岸吉太郎監督が広瀬すず主演で「ツィゴイネルワイゼン」などの名脚本家田中陽造と組んだ16年ぶりの新作である。詩人の中原中也と文芸評論家の小林秀雄、そして女優の長谷川泰子の三角関係を描いている。ムードが暗そうなので公開後行こうか迷った。根岸吉太郎監督はこのブログでもアクセスの多い「遠雷」などを手がけており、前作の太宰治の私小説のような「ヴィヨンの妻」は自分の好きな映画だ。なのでやっぱり映画館に突入しようと思い直す。結果的には良かった。
中原中也は知っていても詩に疎い自分は彼の作品を知らない。小林秀雄は自分が大学受験する頃、現代国語の問題で最も出題が多い作家と言われていた。当時そんなウワサで読んでみようと試みてもあえなく脱落。今から10年強前に、センター試験の現代国語に小林秀雄の随筆が出題されて受験生が撃沈したのが話題になったのは記憶に新しい。最初に小林秀雄の「モオツアルト」を読んだ時は意味不明で宇宙語かと思ったけど、大人になってからわりとスラスラ読めた。モーツァルトについての知識が増えたからであろう。われわれにとって畏怖の存在である小林秀雄がこんな恋愛三角関係のど真ん中にいた事は初めて知った。
1924年の京都、20歳の長谷川泰子(広瀬すず)と17歳の中原中也(木戸大聖)は1個の柿がご縁で知り合う。泰子はマキノ映画に属する女優で、中也は詩人になろうとする学生だった。2人は申し合わせたように同棲を始める。
その後、2人は東京へ引っ越しする。結核になった中也の友人の富永から紹介された小林秀雄(岡田将生)が自宅を訪ねてくる。文芸評論の道を歩もうとする小林は新進女優の泰子に好意を持ち、いつの間にか奪うがごとく同棲を始めると知り中也は驚く。それでも3人の関係は途切れることがなく続いていく。
観ていくうちに徐々に引き込まれていく作品だった。
大人になりつつある広瀬すずが後半にかけて美しく映し出される。
「ファーストキス」が松たか子を観に行く映画だったのと同様にこの映画は広瀬すずを観に行く映画だ。みんなバラバラになった後に3人が再会する場面でオカッパ頭にした広瀬すずがあまりに美しいのでドッキリした。
ただ、この女は本当に扱いが面倒くさい女だ。普通の男がついていくのはむずかしい。小林秀雄と同棲を始めた泰子のもとに中也が壁掛け時計をプレゼントするシーンがある。骨董に目利きが効く小林秀雄が大事にしている陶器を、泰子が時計に投げつけてぶち壊したり、中也が見合いするという女性の写真をビリビリに破いたり、自分が見ると面倒くさい女にしか見えない。女性から見ると、もしかして共感できるところあるのかな?
良かったと思ったのはロケ撮影が意外に多いこと。大正時代だと普通はセットのみだけどうまくロケハンしている。関西系の寺や日光江戸村に加えて喫茶店のシーンはもしかして神保町のさぼうるじゃないかなあ?桜満開の中で撮影して臨場感が出た。遊園地やボートが浮かぶ湖や中也がローラースケートをしているシーンもいい。大正時代だからといってセットだけだとイマイチになると思う。
小林秀雄は長谷川泰子と同棲する。同棲当初に2人の夜の関係がなかったというのが意外だ。積極的に小林秀雄に関係を求める広瀬すずが大人に変貌を遂げるのもいい感じだ。でも、小林は結局奈良に逃げ出す。泰子についていけない気持ちは男としてよくわかる。そのまま付き合っていたらあの名随筆は書けなかっただろう。3人の再会の場面も悪くない。映画では中原中也が脳に結核菌が来ておかしくなって死ぬまで映し出している。葬儀シーンのあと年季の入ったレンガ積みの火葬場でのシーンもよく見えた。



